現在、自動車産業は100年に一度の大変革期にあり、脱炭素化の潮流とEVシフトの加速が、世界最大の自動車メーカーであるトヨタ自動車の将来の企業価値に大きな不確実性をもたらしている。読者の中には、EV普及の鍵となるユーザ受容や、2030年頃の非BEV車の販売ピークアウト見通しといった市場の長期トレンドが、トヨタ株価 10年後にどのような影響を与えるのか知りたいと考える人も多いだろう。一方で、トヨタは全固体電池の実用化や水素エンジンといったマルチパスウェイ戦略、そして規模の経済と固定費改善による強固な事業基盤を持っている。本稿では、これらの外部環境リスクと、トヨタ独自の競争力やDCF分析に基づいた現在の理論株価の評価を多角的に分析する。
この記事を読むことで「トヨタ株価 10年後」と検索した読者が具体的に何について理解を深められるか
- 世界の自動車市場における内燃機関車販売のピークアウト時期に関する予測
- EV普及を左右する消費者側の受容動向と、SUVを中心とした電動車市場の構造
- EV業界の勢力図を一変させかねないトヨタの全固体電池技術の革新性
- 強固な財務基盤と徹底した原価改善に支えられたトヨタの長期的な企業価値
自動車市場の長期トレンドから見るトヨタ株価 10年後の展望

- 2030年の非BEV車の販売ピークアウト見通し
- EV普及の鍵となるユーザ受容と脱炭素化
- 2035年電動車市場のSUVが占める割合
- ソフトウェア企業優位論に対する客観的な視点
- EVシフト加速による巨額投資の陳腐化リスク
2030年の非BEV車の販売ピークアウト見通し
現在の自動車業界は、2050年のCO2ネットゼロ化を見据えた大きなトレンドに直面している。野村総合研究所(NRI)の分析によれば、このCO2ネットゼロ化の潮流がパワートレーンに与えるインパクトをシナリオプランニングで分析した結果、従来型内燃機関を搭載した非BEV車の販売台数は、2030年にピークアウトする可能性があることが示唆された。
この見通しは、特に「2030年BEV投入目標が実現するシナリオ②」と「2050年CO2ネットゼロが実現するシナリオ③」において顕著に表れている。これらのシナリオでは、各国政府やOEMのBEV投入強化に加え、ユーザーによるEV受容が前提とされている。
一方、もしシナリオ①のようにBEVが未普及のまま推移したとしても、コロナ禍以降の生活スタイルの変化により人々の移動が最小限化(ミニマル化)される傾向が続き、自動車販売台数自体が減少する可能性も指摘されている。したがって、自動車メーカーや部品メーカーは、電動車の普及可能性を織り込んだ中長期ロードマップの具体化が求められる状況だ。この長期トレンドを無視することは、今後の企業価値を判断する上で避けるべきである。
EV普及の鍵となるユーザ受容と脱炭素化
それでは、EV普及を決定づける要因は何だろうか。長期トレンド予測において、自動車関連事業を取り巻く外部環境の変動要因は多岐にわたるが、特に発生によるインパクトと不確実性が大きいキードライバーとして「ユーザのBEV受容」と「エネルギーの脱炭素化」が設定された。
ユーザ受容がEV市場の成長を左右する。政府やOEMがBEV投入を強化しても、ユーザ側でBEVが受け入れられなければ、インパクトは限定的だ。BEVが普及するためには、その環境先進性や、車両価格と維持費を含めたトータルコストの優位性がユーザーに受け入れられる必要がある。現在、充電の不便さなどがユーザのBEV敬遠の一因となっており、補助金の削減傾向もEV普及を妨げる可能性がある。
一方で、エネルギーの脱炭素化も欠かせない要素だ。電源構成における再生可能エネルギー比率が世界的に上昇し、分散電源化が進むことで、モビリティのBEV化がCO2削減に貢献する度合いが大きくなる。しかし、欧州を除き、電源構成の再エネ化が進まない地域では、2050年CO2ネットゼロに向けたBEV投入が促進されないという課題がある。これらの要因が組み合わさることで、クルマ社会全体のBEVシフト(シナリオ②)から、社会全体のBEVシフト(シナリオ③)へと移行していくと考えられる。
2035年電動車市場のSUVが占める割合

電動車市場の成長を牽引しているのが、SUVセグメントだ。富士経済の調査によると、2035年の世界の電動車市場において、販売台数の7割以上(5806万台)をSUVが占める見込みだ。この背景には、各国環境規制やカーボンニュートラルへの対応として、自動車メーカーが電動車を積極的に投入していることが挙げられる。
SUVが電動化の牽引役となる主な理由は、電池などの電動部品を床下に積みやすく、設計上のメリットが大きい点にある。2035年時点のEV販売台数予測5774万台のうち、SUVは4262万台と最も多く、2022年比で13.4倍もの成長が予測されている。現在、トヨタの「bZ4X」や日産の「アリア」など、グローバルでSUVを中心としたEVシフトが進展している。
しかし、SUVだけでなく、コンパクトカーも2035年には863万台の販売予測で首位セグメントとなる見込みであり、2022年比5.4倍の成長率で追い上げが予想されている。特に電動車市場で増加率が最も高かったのはピックアップトラックで、2035年予測は2022年比18倍の179万台に達すると見通す。これは主にEVシフトによるもので、電池性能の向上や製造コストの低下が普及を後押しすると考えられる。
電動車市場のセグメント別販売予測(2035年)は以下の通りだ。
カテゴリー | 22年比増加率(倍) | 35年販売台数予測(万台) | 備考 |
---|---|---|---|
SUV(全体) | – | 5,806 (7割超) | 電動化の牽引役となる見込み |
EV(SUVのみ) | 13.4 | 4,262 | EVセグメントで最多販売台数 |
コンパクトカー | – | 863 | SUVに次ぐ販売予測 |
EV(コンパクトカー) | 5.4 | 751 | EVシフトによる台数伸長 |
ピックアップトラック | 18 | 179 | 最も高い増加率を予測 |
ソフトウェア企業優位論に対する客観的な視点
自動車業界の変革期において、テスラのような新興のソフトウェア企業が優位性を持ち、従来のものづくり企業であるトヨタの企業価値が10年後には世界50位以下に転落するという見解も一部で存在する。これは、ITビッグネームが株価や企業価値総額で上位を占めている現実や、「ソフトウェア企業が世界を支配する」というマーク・アンドリーセンのような投資家の予測に基づいた見方だ。
だが、この「ソフトウェア企業優位論」に対しては、客観的かつ現実的な視点からの反論も多い。第一に、テスラであっても最終的には製品(実車)を製造し、販売する「製造業」であり、ソフトウェアの優位性だけで成り立っているわけではないという事実だ。ソフトウェアが先行しても、製品として成功しなければ意味がないという指摘は合理的だ。
第二に、販売台数という実態を見れば、2023年の世界販売台数でトヨタグループが約1123万台であるのに対し、テスラは約181万台と大きな差がある。にもかかわらず、テスラの時価総額(7000億ドル)がトヨタ(2600億ドル)を大きく上回る現状は、販売規模から見れば「ありえないバブルな評価」であるという見解も存在する。
いくらデジタル化が進んでも、インターネット回線で物理的な商品が転送される世界は来ず、自動車は移動や物流において不可欠な物理的アセットである。このため、業種が異なるIT企業と自動車メーカーの企業価値を単純に時価総額だけで比較するのは無意味な比較論だと言える。トヨタが絶え間ない改善(カイゼン)の努力を怠らなければ、ものづくり企業として没落すると決めつけるのは早計だと考えられる。
EVシフト加速による巨額投資の陳腐化リスク

EVシフトが加速する中で、自動車メーカーや電池メーカーが直面する大きなリスクの一つが、巨額投資の陳腐化、すなわち「座礁資産化」の可能性である。電気自動車の普及に伴い、世界の大手自動車メーカーやEV向け電池メーカーは、社運を賭けてEV用電池工場に大規模な投資を実行している。
ここで、もしトヨタなどが開発を進める全固体電池のような次世代電池が、現在のリチウムイオン電池よりも早期に市場で主流に置き換わる事態となると、既存のEV用電池工場への巨額投資が、その償却を終える前に技術的に陳腐化するリスクが浮上する。具体的には、従来のEV向け電池工場が「座礁資産」となり、世界のEV用電池サプライチェーンが激変する可能性がある。
このため、自動車メーカーは新規投資の見極めを慎重に行う必要がある。トヨタもバッテリーEVや電池、水素事業といった先行分野にリソースをシフトしているが、早期のBEVシフトは既存投資の回収に影響を及ぼし、一時的に投資力が低下する可能性があることも示唆されている。EVシフトへの対応は、将来の競争力を確保するための必須の取り組みだが、過去の投資とのバランスをどう取るかが大きな課題だ。
競争力を支えるトヨタの技術と財務から考える株価 10年後
- 全固体電池がEV性能にもたらす革新
- 水素エンジンを活用するマルチパスウェイ戦略
- 規模の経済と固定費改善による強固な事業基盤
- 稼ぐ力による新規投資と株主還元の方針
- DCF分析に基づいた現在の理論株価の評価
- 多様な要因から分析するトヨタ株価 10年後の見通し
現在の私は、EVシフトの進展や市場トレンドといった外部環境の変動リスクを分析した。ここからは、これらの変化に対してトヨタが持つ技術的な優位性、そして強固な財務体質が、株価 10年後をどのように支えるのかを検証する。
全固体電池がEV性能にもたらす革新

トヨタは、EV戦略で出遅れが指摘されてきたものの、次世代電池である全固体電池の開発・実用化において、業界のゲームチェンジャーとなりうる技術的革新をリードしている。全固体電池とは、従来のリチウムイオン電池などで使用される液体電解質を固体に変えた電池であり、これによりエネルギー密度を飛躍的に高めることが可能になる。
全固体電池の最大の特徴は、航続距離と充電時間の改善という、現在のEV普及のボトルネックを一気に解決する可能性を秘めている点だ。エネルギー密度が高いため、従来の電池に比べて小さくても大きな容量の電池が作れる。これによりEVの航続距離が伸び、充電時間も大幅に短縮化される。例えば、長距離移動が多い米国市場では、電池性能が市場拡大の妨げとなってきたが、全固体電池の実用化と普及は、この市場におけるEVの販売シェアを急速にキャッチアップさせる可能性がある。
さらに、固体の電解質は液体と比べて安定性が高いため、リチウムイオン電池などよりも発火のリスクが低いとされている。高い安全性も全固体電池の大きなメリットである。トヨタは2027年にもこの全固体電池を実用化すると発表しており、この技術競争に競合に先駆けて勝利した場合、EV業界における同社の地位は一変するだろう。
水素エンジンを活用するマルチパスウェイ戦略
トヨタは、電動化一辺倒の戦略ではなく、多様なエネルギーとパワートレーンを実需に応じて提供する「マルチパスウェイ戦略」を推進している。その中の一つに、水素エンジンを活用した内燃機関戦略がある。
なぜ、BEVへのシフトが加速する中で水素エンジンにこだわるのだろうか。その理由は、カーボンニュートラルと「走る楽しさ」の両立を目指すこと、そして内燃機関に関わる国内の550万人の雇用や既存技術を生かすことにある。水素エンジンは、ガソリンエンジンと同様の構造を持つため、既存の自動車産業のサプライチェーンと技術、そして雇用を維持しながら脱炭素化を進める道筋を開く。
水素エンジンはモータースポーツという厳しい実戦の場で技術が磨かれており、すでに名車AE86や商用車への応用も進んでいる。このように、トヨタはHEV、PHEV、BEV、FCEV(燃料電池車)を含め、地域やエネルギーインフラの状況によって最適なモビリティを選択肢として提供する体制を構築している。このマルチパスウェイ戦略を支えるのが、世界に先駆けて培ってきたHEV事業の収益力と技術基盤である。
規模の経済と固定費改善による強固な事業基盤

トヨタは、世界最大級の自動車メーカーとして、その強固な事業基盤が株価の大きな下支えとなっている。マイケルポーターの考え方を参考に定性分析をすると、トヨタの参入障壁は、規模の経済、流通チャネル、経験曲線効果に集約される。
特に、売上高48兆円、営業利益4.8兆円(2025年3月期ベース)という超巨大企業としての規模の経済は圧倒的だ。部品の大量購買による単価押し下げ効果は、新興EVメーカーには真似できない大きな優位点である。
また、企業体質をより筋肉質にするための固定費改善の努力も継続されている。豊田章男社長時代に、損益分岐台数が2009年以降で約30%も改善したという事実が示している通り、絶え間ないTPS(トヨタ生産方式)による原価低減と現場力の強化が行われている。
財務指標から見る資産効率の高さ
財務面では、ROIC(投下資本利益率)は4〜5%と一見低いように見えるが、WACC(加重平均資本コスト)が2〜3%と非常に低いため、常に1〜2%のスプレッドを確実に稼いでいる。さらに、有形固定資産回転率が「3」と非常に高く、限られた固定資産を効率的に使って売上を上げていることがわかる。
加えて、サプライチェーンの強さを象徴するのが、キャッシュコンバージョンサイクル(CCC)の短さだ。海外で売り上げる製造業のCCCは100日以上あるのが一般的だが、トヨタは19〜30日と驚異的な低水準を維持している。これは、強固な流通チャネルや海外現地生産体制が寄与しており、確実な利益確保につながっている。
稼ぐ力による新規投資と株主還元の方針
トヨタは、持続的な成長を実現するため、「稼ぐ力」をさらに強化し、未来への投資を加速させる方針を明確にしている。稼ぐ力とは、自動車事業の営業キャッシュフローと研究開発費(発生ベース)の合計を指す。
この稼ぐ力を基に、2024年3月期から2027年3月期にかけての4年間で、バッテリーEVや電池、水素事業、ソフトウェア事業といった新規投資分野にリソースをシフトしていく。新規投資額は累計で約5.5兆円と見込まれ、これは競争力を獲得するための重要な戦略である。
一方、株主に対しては、長期保有する株主に報いるため、配当に軸足をシフトし、安定的かつ継続的な増配を実施する方針を掲げている。2019年3月期から2023年3月期にかけて、配当総額は増加傾向にある。さらに、モビリティカンパニーとしての最適なフォーメーション構築のため、「政策株の縮減」や「グループ持合いの見直し」、「金庫株・手元資金の活用」といった資本戦略も積極的に推進している。これらの施策は、財務基盤の健全性を維持しつつ、競争力の維持・向上と株主還元の両立を目指す姿勢を示している。
DCF分析に基づいた現在の理論株価の評価

投資家がトヨタ株価 10年後を予測する一つの手法として、DCF(ディスカウンテッド・キャッシュフロー)分析がある。これは、企業が将来生み出すフリーキャッシュフロー(FCF)を現在価値に割り引いて企業価値を評価する手法だ。
あるDCF分析の事例(2025年6月時点)では、2025年3月期決算に基づき、理論株価が約12,781円と算出されている。これは当時の現在株価2,769円に対し、約4.6倍の上昇余地があることを示しており、長期投資家にとって十分にマージンがある結果だと言える。
この分析では、将来のFCF成長率を安全側に設定している点が特徴的である。例えば、2019年から2025年までのFCF平均成長率が19.7%であったにもかかわらず、2027年以降は9.8%、さらに2032年以降は2.5%といった保守的な成長を前提としている。また、WACC(加重平均資本コスト)を4.0%と設定している。この分析結果は、市場が織り込んでいるよりも、トヨタの将来の稼ぐ力が高い可能性を示唆している。
理論株価と現在株価が大きく乖離している背景には、EVシフトへの出遅れイメージや、時折発生する品質問題などが懸念されている可能性が指摘されている。しかし、DCF分析は、トヨタの強固な収益構造と徹底した固定費改善を評価する結果となっている。
多様な要因から分析するトヨタ株価 10年後の見通し
多様な要因から分析するトヨタ株価 10年後の見通しを総合的に評価した。この評価では、市場の長期トレンド、トヨタの技術革新、強固な事業基盤と財務戦略のすべてを考慮している。
- 内燃機関車販売台数は2030年にピークアウトを迎える可能性がある
- EVシフトはユーザの受容と電力の脱炭素化の進展速度に大きく依存する
- 電動車市場では2035年に販売台数の7割超をSUVセグメントが占める予測だ
- テスラなどのソフトウェア企業優位論に対し、ものづくりとしての優位性は継続する
- 全固体電池の実用化が実現すればEV性能を飛躍的に向上させゲームチェンジャーとなる
- 水素エンジンとマルチパスウェイ戦略は多様な市場ニーズと既存雇用維持に貢献する
- 規模の経済と長年の固定費改善によりトヨタの事業基盤は極めて強固である
- 低いWACCと高い資産効率性により着実に経済的付加価値を生み出す体制にある
- 稼ぐ力と資本戦略に基づきEV・電池・水素事業への新規投資を加速させる方針だ
- 安定的かつ継続的な増配方針により長期保有の株主に対する還元姿勢は明確である
- DCF分析に基づく理論株価は現在の株価水準に対して大きな上振れ余地を示している
- 技術革新や財務基盤の強さがEVシフトに伴う外部リスクを吸収する基盤となる
- ただし次世代電池の早期普及は既存電池工場への巨額投資を陳腐化させるリスクがある
- グローバルでの需給管理や物流効率化など現場改善の努力も競争力を支える
- 強固な事業基盤と将来投資によりトヨタ株価 10年後は底堅く推移すると考えられる