「豊田自動織機 TOB」と検索されている皆様へ。このキーワードは、日本の産業界に大きな波紋を広げた出来事を指します。トヨタグループの源流企業である豊田自動織機は、グループ主導による株式公開買い付け(TOB)を経て非公開化される運びとなりました。この歴史的な決断の背景には、短期的な市場のプレッシャーから解放され、長期的な視点での事業戦略を加速し、企業価値の向上を目指すというトヨタグループ全体の強い意志があります。しかし、TOB価格が市場価格を下回る「ディスカウントTOB」であったことや、一部のアクティビストから価格算定の不透明性、さらにはガバナンス体制への懸念が表明されるなど、多くの議論を呼んでいます。本記事では、この注目の豊田自動織機TOBの全貌と、その先の展望について詳しく解説します。
- 非公開化の背景と目的: 豊田自動織機が短期的な市場圧力から解放され、フォークリフトや物流ソリューションといった非自動車領域で長期的な成長を加速させるという、トヨタグループ全体の戦略的意図であること
- TOB価格と市場の反応: 1株16,300円のディスカウントTOBであり、海外アクティビストから「安すぎる」と批判がある一方、価格引き上げへの期待から株価がTOB価格を上回って推移する異例の状況であること
- 買収スキームと主要な関係者: トヨタ不動産が設立する特別目的会社(SPC)が買収主体となり、トヨタ自動車や豊田章男会長が優先株や個人出資で関与する複雑な資金調達の枠組みであること
- 株主の選択肢と非公開化後の展望: 既存株主はTOBに応募するか市場で売却するかの選択肢があり、成立すればスクイーズアウトが予定されていること、そして非公開化によって長期的な企業価値向上やグループ連携強化を目指すこと
豊田自動織機TOB:発表の全容と背景を解説
- 豊田自動織機TOBの概要と歴史的経緯
- なぜ豊田自動織機を非公開化するのか
- トヨタ不動産がTOBを主導する理由
- 豊田章男会長の個人出資とその意義
豊田自動織機TOBの概要と歴史的経緯
豊田自動織機のTOBは、2025年6月3日に発表されました。トヨタグループは、新たに設立する特別目的会社(SPC)を通じ、豊田自動織機の株式を公開買い付け(TOB)し、同社の株式を非公開化することを目指しています。このTOBが完了すれば、豊田自動織機は上場廃止となる見込みです。
今回のTOB価格は1株あたり16,300円と設定され、全株式の取得を目指しています。買付予定数の下限は、豊田自動織機とトヨタ自動車が合計で総議決権の3分の2以上を所有するように設定されました。TOBの総額は株式買付代金が約3兆6,899億円、関連負債を含めると約6兆円規模に達するとされ、日本のM&A市場においても歴史的な規模の案件です。TOBは2025年12月上旬に開始される予定です。
この買収には、トヨタグループ全体からの大規模な出資が伴います。トヨタ不動産が約1,800億円を、トヨタ自動車が議決権を持たない優先株で約7,000億円を出資します。加えて、豊田章男会長も個人で10億円を出資する点も注目されました。不足する資金は、三井住友銀行、三菱UFJ銀行、みずほ銀行といった大手金融機関からの約2.8兆円の借入れで賄われる見込みです。
豊田自動織機は、トヨタグループの「ルーツ」とも呼ばれる企業です。その歴史は古く、1926年に豊田佐吉によって創業されました。その後、1933年には長男である豊田喜一郎が同社内に「自動車部」を発足させ、これが現在のトヨタ自動車の前身となっています。豊田自動織機は1949年に上場を果たしましたが、76年を経て今回、非公開化という選択をすることになります。TOB発表後、市場は大きく反応し、豊田自動織機の株価は一時的に急騰し、上場来高値を更新する場面も見られました。一部メディアや投資家、SNSなどでも大きな注目を集め、TOBの背景や影響について様々な議論が交わされています。
なぜ豊田自動織機を非公開化するのか
豊田自動織機の非公開化は、短期的な市場評価に左右されず、長期的な視点で事業戦略を加速させることを最大の目的としています。製造業は、10年先を見据えた大規模な投資が必要な場合が多く、上場企業として目先の利益を追求する投資家の視点と乖離が生じやすい問題があります。非公開化により、こうした外部からのプレッシャーから解放され、より機動的で大胆な経営判断が可能になります。
非公開化の背景には、いくつかの複合的な理由が存在します。一つは、自動車事業における電動化への対応や、フォークリフト、物流事業でのM&A(合併・買収)に必要な巨額の資金投資です。既存の上場維持コストが増加している現状も考慮し、非公開化が最適な選択と判断されました。また、トヨタグループ全体が目指す「モビリティカンパニーへの変革」を推進する上での重要な布石でもあります。豊田自動織機は、トヨタグループの創始者が設立した「源流企業」であり、自動車産業の変革期において、その役割を再定義し、グループ全体の戦略と一体となって動くことが求められています。非自動車領域、特に物流ソリューション事業の成長を加速させるためにも、短期的な収益にとらわれず、果敢な投資や開発を進める狙いがあるのです。
近年活発化しているアクティビスト(物言う株主)からの経営介入リスクを低減する側面も指摘されています。アセット・バリュー・インベスターズ(AVI)やロンシャン・SICAVといった海外のアクティビストファンドから、親子上場の解消や自社株買いの要求を受けてきた経緯があり、非公開化により外部株主の影響を排除し、長期的な経営方針に集中できる体制を整える意図があります。さらに、2023年以降に発覚したエンジン認証不正問題など、豊田自動織機が抱える経営課題への対応と、実効性のあるガバナンス体制の強化にも、外部の目を気にすることなく集中的に取り組むことが可能になると見られています。豊田章男会長は、創業の原点に立ち返り、未来のために新しいことを始めることで、「トヨタらしさ」を取り戻す戦いを続ける意図も示しています。
トヨタ不動産がTOBを主導する理由
今回の豊田自動織機に対するTOBで、トヨタ自動車本体ではなく、トヨタ不動産が設立する特別目的会社(SPC)が買収の主体となる点が注目されています。これには、トヨタグループ全体の戦略的な意図が込められていると考えられます。
最も直接的な理由は、豊田自動織機の経営において、完成車メーカーとしてのトヨタ自動車の視点に偏ることを避けるためです。豊田自動織機は、自動車部品だけでなく、フォークリフトなどの産業車両や繊維機械など、多岐にわたる事業を展開しています。特に、今後の成長ドライバーとして期待される物流ソリューション事業をはじめとする非自動車部門の成長を加速させるには、自動車事業の論理に縛られず、より中立的で長期的な視点からの経営判断が不可欠となります。トヨタ不動産を介することで、こうした非自動車領域の事業展開をより柔軟かつ大胆に推進できる環境を整える狙いがあるのです。
トヨタ不動産は、トヨタグループ15社が株主の会社であり、資本上・事業上一定の独立性を確保しています。そのため、トヨタグループ全体の成長を中長期的に発展させる媒介としての役割も目指していると言えます。トヨタ不動産というよりも「トヨタグループが」出資すると言えるのは、この多岐にわたる株主構成が背景にあるのでしょう。トヨタ自動車がSPCに議決権のない優先株で出資する形態は、資金提供は行いつつも、SPCの日常的な経営判断には一定の距離を保つ意図が込められています。これは、前述の「完成車メーカー視点」への懸念を払拭し、豊田自動織機が多様な事業分野で自律的に成長できる基盤を作るための巧みなスキーム設計と言えるでしょう。このように、トヨタ不動産が主導することで、トヨタグループは豊田自動織機が持つ多様な事業特性を尊重しつつ、グループ全体として最適な資源配分と戦略実行を進めることができるようになります。
豊田章男会長の個人出資とその意義
豊田自動織機の非公開化に向けたTOBにおいて、豊田章男会長が10億円を個人で出資するという発表は、多くの注目を集めました。この出資は、全体のごくわずか、具体的には議決権比率で0.5%に過ぎませんが、その背後には単なる資本の論理を超えた深い意義が込められています。
まず、これはトヨタグループ全体の改革と未来への強いコミットメントの表明であると言えます。豊田章男会長は、かつてトヨタ自動車が赤字に転落し、品質問題で世間の信用を失った際に社長として「トヨタらしさ」を取り戻す戦いを経験してきました。この「らしさ」とは、創業者の豊田佐吉が織機の発明を通じて世の中を良くしようとした「ベンチャー精神」や「人々の役に立つ」という原点に立ち返ることです。豊田自動織機はトヨタグループの「源流企業」であるため、この出資には「トヨタらしさを決して忘れないでほしい」という会長の強い想いが込められているのです。
次に、豊田会長は自身の役割を「権力者」ではなく、「挑戦者に共鳴し、背中を押す資本家」と位置づけています。たとえ失敗があったとしても、未来を切り開くためには行動が必要だと語り、その行動を促すための支援者としての立場を示唆しています。今回の出資は、非公開化後の豊田自動織機が短期的な視点にとらわれず、新しい事業や技術に果敢に挑戦していくことを精神的に後押しする意味合いが強いと考えられます。豊田会長は、自身の行動と発言は常にオープンであり、その権力を「現場のため、社会のため、未来のため、自分以外の誰かのため」に使っているかを、ステイクホルダーが厳しくウォッチしていくべきだと述べています。この個人出資は、トヨタグループ全体、そしてひいては日本の自動車産業が今後も強くあり続けるために、新たな「方程式」を考え、未来を創造していくという強いメッセージでもあるでしょう。現金化できない「塩漬け」状態になることを承知の上での出資は、その覚悟と本気度を物語っています。
豊田自動織機TOBがもたらす影響と課題
- 豊田自動織機TOBの価格設定と市場の反応
- アクティビストの反発と価格引き上げ圧力
- TOBプロセスの透明性とガバナンス懸念
- 既存株主が取るべき選択肢と注意点
- 非公開化後の企業価値向上への期待と課題
- トヨタグループ再編と今後の波及可能性
- 豊田自動織機TOB:源流企業が目指す長期成長と変革
豊田自動織機TOBの価格設定と市場の反応
今回の豊田自動織機に対するTOB価格は、1株あたり16,300円と設定されました。この価格設定が市場に大きな波紋を広げたのは、TOB発表前日(2025年6月2日)の市場終値18,260円と比較して、約10.73%の「ディスカウント価格」であったためです。通常、TOBでは既存株主の応募を促すために市場価格にプレミアム(上乗せ価格)を付与するのが一般的であるため、この異例の価格設定は多くの投資家にとって驚きとなりました。
しかし、トヨタグループ側は、憶測報道前の2025年4月25日終値13,225円を基準にすると、約23.25%のプレミアムが付与されていると反論しています。これは、TOBの噂が市場に出る前から株価が上昇していたことを考慮し、豊田自動織機の本源的価値を適切に反映した価格であると説明しているのです。
市場の反応は複雑でした。TOBに関する憶測報道が流れた際には、豊田自動織機の株価は一時的に急騰し、上場来高値の18,000円を更新しました。これは、一般的なTOBと同様に、プレミアムが付与されることへの期待感が強かったためでしょう。しかし、実際にディスカウント価格が発表されると、特に高値で株式を取得した個人投資家や投資インフルエンサーからは、失望や困惑の声、いわゆる「悲鳴」がSNS上で上がりました。あるコメントでは、「最初の頃に買った人から見たら、かなり悲惨な状況です」と評されており、高値で株式を取得してしまった投資家が直面する厳しい現実を物語っています。
一方で、発表翌日(6月4日)には豊田自動織機の株価は急落し、TOB価格である16,300円付近にサヤ寄せする動きを見せました。しかし、その後も株価はTOB価格を上回る水準で推移しており、その背景には後述するアクティビストの反発や、さらなる価格引き上げへの期待感が影響していると考えられます。豊田自動織機の取締役会は、TOB価格に賛同の意向を示しつつも、公表日前日の終値を下回る状況を考慮し、株主への応募推奨は「中立」の立場をとっています。設置された特別委員会も、価格は妥当と判断しつつ、応募推奨については同様に中立という意見を表明しました。これは、友好的なTOBではあるものの、発表前の高値圏で株式を購入した株主にとっては、どの選択肢を選んでも損失を確定させる可能性が高いという厳しい状況を示唆しています。
アクティビストの反発と価格引き上げ圧力
今回の豊田自動織機に対するTOBは、その価格設定が市場価格を下回る「ディスカウントTOB」であったため、一部の投資家から強い反発を招きました。特に、海外のアクティビストファンド(物言う株主)が、この買収価格は「安すぎる」と公に異議を唱え、価格引き上げ圧力を強めています。
反発の主な理由は、提示されたTOB価格が豊田自動織機の中核事業や保有不動産、株式の含み益などを著しく過小評価しているという認識です。また、価格算定の前提やプロセスが開示されておらず不透明であること、取引が急ぎすぎていることなども批判の対象となっています。
具体的な動きを見せたファンドとしては、香港のヘッジファンドである「オアシス・マネジメント」が挙げられます。オアシスは、TOB価格が「まったく公正ではない」と強く批判し、最高投資責任者(CIO)のセス・フィッシャー氏は適正価格への引き上げを求めて経営陣との対話を続ける方針を示しました。オアシスの介入表明後、豊田自動織機の株価は一時的に16,500円まで上昇するなど、市場には「買い付け価格が引き上げられるかもしれない」という期待感が広がったのです。
また、英国の投資ファンド「AVI(アセット・バリュー・インベスターズ)」も、2015年から豊田自動織機に投資しており、当初は非公開化自体には前向きであったものの、提示された価格を見て失望し、難色を示す立場に転じました。AVIの日本担当者は、現在のTOB価格が豊田自動織機の潜在的な企業価値を過小評価していると述べ、市場価格に見合う上乗せを要求する姿勢を鮮明にしています。
さらに、英国の「Zenar Asset Management(ゼナー・アセット)」も、今回の創業家提案について「ガバナンス上の問題があり、少数株主の利益を損なうリスクがある」と指摘しました。同社の創業パートナーは、特別委員会がトヨタ主導の買収案を含め、他の選択肢も検討すべきだと主張しています。これらのアクティビストの動きが、市場に「現在のTOB価格では買い叩きではないか」との見方を広げました。結果として、TOB価格が引き上げられる可能性への思惑が、TOB価格発表後に株価が一時的に急落したものの、再びTOB価格を上回る水準で推移する一因となっていると考えられます。
TOBプロセスの透明性とガバナンス懸念
豊田自動織機のTOBプロセスにおいては、その透明性と企業統治(ガバナンス)に関する懸念が国内外の投資家やアナリストから指摘されています。これらの懸念が、TOB価格発表後も株価が不安定ながら高止まりする要因の一つとなっていると考えられます。
まず、価格決定の不透明さが大きな批判の的です。豊田自動織機の特別委員会や取締役会は、TOB価格16,300円を「妥当な水準」と評価しましたが、その価格算定の前提条件やプロセスが具体的に開示されていません。例えば、4月25日という憶測報道前の株価を基準日に設定したことが「異例」とされ、TOB価格が直近の株価と比べると「逆プレミアム」となる結果を招いています。これにより、算定方法の恣意性や株主への情報開示が不十分であるといった不信感が生まれているのです。
次に、利益相反と独立性の問題です。今回の非公開化はトヨタグループの創業家が主導し、トヨタ不動産というグループ会社が買収主体となるスキームです。豊田自動織機とトヨタは相互に株式を持ち合う関係にあり、同じグループ内での取引となるため、「身内同士の取引で少数株主の声が反映されにくいのではないか」という懸念が示されています。ガバナンス専門家からは、「少数株主の利益はないがしろにされ、結局は創業家に有利なだけだ」といった強い批判も出ています。
TOBのスキーム自体が複雑であることも、透明性への懸念を助長しています。新会社設立、豊田章男会長の個人出資、そして最終的なスクイーズアウト(強制買取)といった段取りは、説明資料が55ページに及ぶほど複雑で、「非常に複雑で透明性に欠ける」との指摘があります。アナリストからは「本来リードすべきトヨタがガバナンスで後手に回っている」という声も聞かれるのです。
さらに、2023年に日本で公正なM&Aを促す新指針が出され、2025年7月からは「少数株主の過半数の賛成」取得を検討すべきといったガイドラインが施行される予定でした。しかし、これはあくまでガイドラインであり強制力はなく、今回も少数株主の同意を条件としない形でTOBが進められています。このため、「ルールの谷間を突いた強引なやり方ではないか」という批判的な見方もあり、市場の不信感につながっているのです。こうした「価格が適正に決まったのか?」や「少数株主の利益は考慮されているのか?」といった疑問が噴出し、海外投資家を中心に強い反発を招いています。この反発が、「もしかすると価格が見直されるかもしれない」という思惑を生み、株価をTOB価格以上に押し上げる要因の一つにもなっています。
既存株主が取るべき選択肢と注意点
豊田自動織機のTOB発表を受け、既存の株主はいくつかの重要な選択肢に直面します。それぞれの選択肢にはメリットとデメリットがあり、自身の投資戦略や状況に応じて慎重に判断することが求められます。
まず、一つ目の選択肢は、公開買付者である特別目的会社(SPC)に株式を応募することです。この場合、1株あたり16,300円というTOB価格で確実に株式を売却できます。市場価格がTOB価格を下回る可能性がある局面では、確実に売却できる点がメリットとなります。しかし、公開買付代理人である野村證券に口座を開設し、株式を移管するなどの手続きが必要となります。
二つ目の選択肢は、TOB期間中に市場で株式を売却することです。TOBが発表された後、対象企業の株価はTOB価格付近に収斂する傾向があります。市場での売却は、売却ボタンを押すだけで手続きが完了するため、手間がかからないという利点があります。ただし、市場価格は需給バランスや市場の思惑によってTOB価格を若干上回ったり、下回ったりする可能性があるため、必ずしもTOB価格ぴったりで売却できるわけではありません。いますぐに利益確定したい場合に有効な選択肢と言えるでしょう。
三つ目の選択肢は、TOBに応募せず、株式を継続保有することです。しかし、今回のTOBは豊田自動織機の非公開化を最終目的としているため、TOBが成立し買付予定数の下限を超えた場合、その後に株式併合によるスクイーズアウト(少数株主からの強制買い取り)が実施される予定です。スクイーズアウトが行われると、株主は最終的にTOB価格と同等か、それに準じた価格で株式を買い取られることになります。上場廃止後は株式の流動性が著しく低下し、市場での売買が極めて困難になるため、この選択肢は現実的ではありません。反対株主には会社法に基づく株式買取請求権を行使する権利も与えられていますが、やはり現金化が唯一の出口となることは変わりません。
注意点としては、TOB価格が市場価格を下回る「ディスカウントTOB」であるため、発表前の高値圏で株式を購入した株主にとっては、どの選択肢を選んでも損失を確定させる可能性が高いという厳しい状況が挙げられます。株主は、公開買付説明書を熟読し、応募手続き、売却に伴う税金など、あらゆる側面を考慮した上で、自身の状況に最も適した判断を慎重に行う必要があるでしょう。
非公開化後の企業価値向上への期待と課題
豊田自動織機の非公開化は、同社にとって新たな成長ステージの始まりを意味し、企業価値向上に向けた大きな期待が寄せられています。上場企業としての短期的な業績プレッシャーから解放されることで、より長期的な視点に立った経営戦略や大規模な研究開発投資を迅速に行えるようになります。豊田自動織機は「価値観を共有する株主のもと、非上場化を通じた迅速な意思決定と果敢な投資の実行によってトヨタグループ源流企業としての役割を果たしていく」と表明しており、これは将来の成長に向けた強い意志の表れと言えるでしょう。
特に期待されるのは、非自動車領域における成長の加速です。世界トップシェアを誇るフォークリフトなどの産業車両を中心とした物流ソリューション事業で、トヨタ自動車の自動車分野におけるビッグデータやAIなどの研究成果を積極的に取り込み、開発を大きく進展させることが期待されます。また、トヨタグループのマルチパスウェイ戦略を産業機器分野にも展開することで、脱炭素社会への貢献と成長を目指す可能性も秘めているのです。自動車領域においても、グループ連携を強め、電動化や環境負荷低減に対応し、トヨタ自動車以外の自動車メーカーへの販路拡大も継続・強化していく方針です。グループ内での連携強化も重要なシナジー効果です。技術開発、生産、販売など多岐にわたる分野での協力がより緊密になり、効率的な資源配分や新たな価値創造が期待されます。さらに、エンジン認証不正問題など、豊田自動織機が抱える経営課題への対応と、実効性のあるガバナンス体制の再構築に、外部の目を気にすることなく集中的に取り組むことが可能になるでしょう。
一方で、非公開化には課題も存在します。最も懸念されるのは、市場からの直接的な監視がなくなることで、経営の透明性や規律が低下する可能性です。しかし、これはトヨタグループ全体のガバナンス体制が実効的に機能することを前提として解消されるべき課題です。また、買収資金のうち約2.8兆円が銀行からの借入れで賄われ、この返済義務が最終的に豊田自動織機が負う形になると報じられており、巨額な負債が将来の投資余力や財務の健全性に影響を与える可能性も指摘されています。しかし、豊田自動織機の伊藤社長は「返していく自信はある」と強調し、エクイティファイナンスが不要な財務状況であることや、金融機関との協議を通じて企業価値の毀損を回避しつつ事業競争力を維持できることを確認したと説明しています。知名度や社会的信用の低下、従業員の社会的地位や人材採用への影響はないとの見解も示されています。
トヨタグループ再編と今後の波及可能性
豊田自動織機の非公開化は、単なる一企業のM&A案件にとどまらず、トヨタグループ全体の資本効率改善とグループ構造の最適化に向けた「号砲」と捉えられています。これは、東京証券取引所が推進するコーポレートガバナンス改革の流れにも合致する動きであり、日本を代表する企業グループであるトヨタが、歴史的なしがらみを整理し、未来に向けた強靭な経営体制を構築しようとする強い意志の表れと言えるでしょう。
豊田自動織機はこれまで、トヨタ自動車株をはじめ、アイシン、デンソー、豊田通商など、多くのトヨタグループ企業の株式を保有する「資本の結節点」としての役割を担ってきました。今回のTOBと非公開化、それに続く豊田自動織機によるトヨタグループ各社への自己株式公開買付けへの応募は、こうした複雑な株式持ち合い構造を解消し、資本効率を向上させる大きな一歩となります。外部株主の影響から脱却し、迅速な意思決定が可能になることで、EV(電気自動車)開発や電池事業など、中長期的な成長投資が求められる分野への資源投入が加速すると期待されています。
実際に、今回のTOB報道を受けて、トヨタ自動車本体の株価だけでなく、アイシンや愛知製鋼といった他のトヨタグループ企業の株価も上昇しており、市場がグループ全体の再編本格化に期待を高めている様子がうかがえます。今後、デンソー、アイシン、ジェイテクトなどの主要グループ企業にも、同様の目的(非公開化、完全子会社化、事業ポートフォリオの見直しなど)での再編が波及する可能性があります。これらの動きは、2025年以降のトヨタ中期経営計画にも大きな影響を与えることになるでしょう。
この歴史的なTOBは、トヨタグループが100年に一度と言われる自動車業界の大変革期を乗り越え、未来に向けて持続的な成長を確保するための、極めて戦略的かつ象徴的な一手です。創業100年を迎える豊田自動織機が、社是「豊田綱領」の精神に立ち返り、トヨタグループビジョンである「次の道を発明しよう」を掲げて次世代の成長に取り組む決意を示す重要なステップと位置づけられています。その決断が、同社およびトヨタグループ全体の持続的な成長と企業価値向上にどう繋がっていくのか、そして日本の資本市場におけるグループ経営のあり方にどのような影響を与えていくのか、今後もその動向が注視されることでしょう。
豊田自動織機TOB:源流企業が目指す長期成長と変革
- 豊田自動織機は、トヨタグループによる株式公開買い付け(TOB)で非公開化される
- TOB価格は1株16,300円で、発表前日終値に対してはディスカウントだった
- トヨタ不動産が設立する特別目的会社(SPC)が買収主体となり、トヨタグループ15社が実質的に出資する
- トヨタ自動車は約7,000億円を議決権のない優先株で、豊田章男会長は10億円を個人で出資する
- 非公開化の主要目的は、短期的な市場圧力から解放され、長期的な視点で事業戦略を加速させること
- 特に、フォークリフトや物流ソリューションなどの非自動車領域における成長を加速させることを目指す
- これは、豊田自動織機が企業としての原点に立ち返り、未来のために新たな挑戦をするための措置である
- 海外アクティビストファンドからは、買収価格が安すぎるとの批判や、価格算定の不透明性が指摘された
- 株価がTOB価格を上回って推移した背景には、価格引き上げへの期待や第三者買収の可能性があった
- 豊田自動織機側は、特別委員会の意見や過去事例との比較から、TOB価格は本源的価値を反映した妥当な水準と判断した
- 少数株主の利益保護のため、独立したファイナンシャルアドバイザーの起用やマジョリティ・オブ・マイノリティ(MOM)条件などが講じられた
- TOBに応募しなかった株主も、最終的に株式併合によるスクイーズアウト(強制買い取り)の対象となる見込み
- 豊田自動織機はトヨタグループの「源流企業」であり、今回の非公開化はグループ再編の中心と位置づけられる
- トヨタグループ全体の複雑な資本関係を整理し、ガバナンスを強化する狙いもある
- このTOBは、激変する自動車産業の中でトヨタグループが「次の道を発明する」ための戦略的な一手である